大阪地方裁判所 平成10年(ワ)4372号 判決 1999年1月19日
原告
日垣直博
被告
大阪京阪タクシー株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自八二七二万五七九二円及びこれに対する平成七年五月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担の、その余を被告らの負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自一億二〇〇〇万円及びこれに対する平成七年五月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告の運転する原動機付自転車と被告大阪京阪タクシー株式会社(以下「被告会社」という。)が所有し、被告堂前種次(以下[被告堂前」という。)が運転する自動車との衝突事故に関し、原告が負傷したなどとして、被告会社に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、被告堂前に対し、民法七〇九条に基き、損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等
以下のうち、1ないし4、6は当事者間に争いがない。5は甲三30、31及び弁論の全趣旨により認められる。
1 被告堂前は、平成七年五月二二日午後九時二〇分ころ、普通乗用自動車(大阪五五き六九三九、以下「被告車両」という。)を運転して、大阪府枚方市新町一丁目七番四号先の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)を右折進行するにあたり、同所を原動機付自転車(枚方市な一一三一一、以下「原告車両」という。)に乗って直進進行していた原告に被告車両を衝突させた(以下「本件事故」という。)。
2 本件事故は、被告堂前の過失によって発生した。
3 本件事故当時、被告会社は、被告車両を所有して自己のために運行の用に供していた。
4 原告は、本件事故により、頸椎骨折、頸髄損傷等の傷害を負い、平成七年五月二三日から同年一〇月一九日まで大阪市立総合医療センターに、平成七年一〇月一九日から平成八年九月一一日まで星ヶ丘厚生年金病院に入院し、同年九月一二日から平成九年一月一〇日まで同病院に通院し(実通院日数八日間)、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)から自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)一級三号の認定を受けた。
5 原告は、本件事故による傷害の治療のため、平成八年九月一一日から同年一一月四日まで、福田病院に入院した。
6 原告は、被告会社から四一〇万円、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から三〇〇〇万円の支払を受けた。
二 争点
1 本件事故態様(過失相殺)
(一) 被告らの主張
原告は、原告車両の前照灯をつけていなかったこと、法定速度(時速三〇キロメートル)を超過する時速約五〇キロメートルで走行していたこと、ヘルメット非着用であったこと、原告車両後部に友人を乗せた二人乗り運転であったこと、シンナーを吸引して運転していたこと、一方、被告車両は、時速約二〇キロメートルに減速して既右折で衝突していること、本件交差点付近は明るいが、その外は暗く、無灯火で本件交差点に進入した場合、発見が困難であったことから、原告の損害に六割の過失相殺をすべきである。
(二) 原告の主張
原告は、原告車両の前照灯をつけていなかったこと、ヘルメット非着用であったこと、原告車両後部に友人を乗せた二人乗り運転であったことは認めるが、法定速度(時速三〇キロメートル)を時速一〇キロメートル超過していたに過ぎないこと、ヘルメット非着用は原告の傷害の部位からして損害拡大に繋がっていないこと、シンナーは吸引していなかったこと、一方、被告堂前は、時速二〇キロメートルにしか減速していないこと、衝突まで原告車両に気付かなかったが、本件交差点付近の明るさから原告車両が前照灯をつけていなかったとしても被告車両から約三〇メートル前方まで見えたことなどから著しい前方不注視があったといえることからすると、原告の過失割合は二五パーセント以下である。
2 原告の損害
(一) 原告の主張
原告は、平成九年一月一〇日、症状が固定し、神経系統の機能に著しい障害を残し常に介護を要するものとして、等級表一級三号の障害を残し、次の損害を受けた。
(1) 治療費関係費 七三万九二九〇円
(2) 入院雑費 六九万一六〇〇円
(3) 入通院付添費 四四〇万二一八〇円
内訳
職業家政婦が三〇九万八一八〇円
近親者(入院分)が一二八万円
(通院分)が二万四〇〇〇円
(4) 装具等 六二万七四四三円
内訳(頸椎装具一万八九三〇円、車椅子四万〇八六八円、車椅子クッションカバー一万二九七八円、電動車椅子四七万八三五五円、無圧敷ふとん三万一三一二円、メガネ四万五〇〇〇円)
(5) 休業損害 三八五万九九五六円
原告は、型枠大工として平均月額収入を三〇日で割ると一日六四四四円の収入を得ていたから、休業期間五九九日間で三八五万九九五六円となる。
(6) 逸失利益 七七五九万七六四三円
原告は、症状固定時、二〇歳で、後遺障害で労働能力を一〇〇パーセント喪失し、六七歳まで四七年間、毎年三二五万六〇〇〇円(平成七年の賃金センサスの産業計・企業規模計・男子労働者の学歴計年額)の収入を逸失した。
(7) 自宅改造費 九二五万九八〇〇円
原告は、第五頸椎レベル以下は完全麻痺で四肢を自らの意思で全く動かせないのはもちろん、神経因性膀胱により間欠に導尿が必要であり、最低限度の生活をするだけでも、風呂、トイレの改造、介護用リフトの設置等が必要であって、少なくとも自宅改造費として右金員の負担を余儀なくされる。更に、原告は、体温調整ができないため、常時エアコンを作動させて一定の温度や湿度を保つ必要がある。
(8) 将来の介護費 五三三八万九八六四円
原告の平均余命は五七年で、その間常時の介護が必要であり、看護費は一日五五〇〇円を下らない。
(9) 慰藉料 二九一二万円
入通院分が四一二万円で、後遺障害分が二五〇〇万円
(10) 弁護士費用 一〇〇〇万円
(二) 被告らの主張
原告の主張は過大であり争う。
第三争点に対する判断
一 事故態様、過失相殺について
1 前記第二の一の事実、証拠(甲一、二、一六、乙一、二、証人本田勲の証言、原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右証拠中、右事実に反する部分は採用できない。
(一) 本件交差点は、東西に通ずる道路(以下「東西道路」という。)に南から道路(以下「南北道路」という。)が接続する信号機により交通整理の行われている丁字型交差点で、東西南三カ所に横断歩道が設けられており、南北道路、東西道路とも歩車道の区別があり、片側各一車線からなる。また、東西道路の最高速度は、時速四〇キロメートルと規制されている。本件交差点の東西の見通しは直線なので良かったが、本件事故のあった午後九時二〇分ころは、夜で本件交差点は、照明の灯りで明るかったが、本件交差点をはずれると暗かった。
(二) 被告堂前は、本件事故当時、被告車両を運転して東西道路を西から東へ時速約四〇キロメートルで、進行し、本件交差点手前で対向車両がないことを確認し、方向指示器による右折の合図を出して、減速して時速約二〇キロメートルで右折を開始して、別紙図面の<4>で原告車両が<ア>にいることを発見した直後、原告車両前部に被告車両左側面を衝突させて原告車両を転倒させた。
(三) 原告は、本件事故当時、ヘルメットを被らず、友人の本田勲(以下「本田」という。)を運転席後部の荷台に乗せて、無灯火で原告車両を運転し、東西道路を東から西に向けて時速約四〇キロメートルで進行し、本件交差点に進入したところ、本件事故に遭った。
2 原告本人尋問の結果及び本田の証言中には、本件交差点手前で原告車両がバスを追抜いたと供述する部分があるが、被告堂前は右バスの存在を明確に否認し、仮に原告、本田の言うとおりであるとすると、右バスが被告車両と衝突するなどの事故に巻込まれる可能性があるのに、実際はそうならなかった本件事故の結果等からみて、右原告、本田の各供述部分は信用できない。原告車両の速度について、甲一四では時速四、五〇キロメートルという部分があるが、原告は本人尋問で明確に否定し、証人本田の証言も右原告本人尋問に添った証言をしていることなどから、甲一四の右部分は信用できない。被告らは、既右折と主張するが、衝突場所、部位が前記認定のとおりで、被告堂前は一時停止もせず時速約二〇キロメートルで右折して右衝突となったことからすると、被告車両が右折を完了するか、その直前での原告車両との衝突とまでいえないので、この点に関する被告らの主張は採用できない。原告は、ヘルメットを被っていなかったが、後記認定の原告の受けた傷害等の部位(頸部)からして、ヘルメット非着用が原告の損害の拡大に寄与したものと認めることはできない。また、被告らは、原告がシンナーを吸っていたと主張するが、これを認めるに足りる十分な証拠がない。
以上からすると、被告堂前は、原告車両に衝突直前まで気がつかなかったということから対向車両に対する有無、動向等を十分確認し、注視して右折すべき注意義務に反する著しい不注意があり、徐行速度も十分な減速ではなかったといえる。被告らは、本件交差点は明るかったが、その外則は暗く、無灯火で進入した場合、右車両に気付くことが困難であると主張するところ、確かに後述するように原告車両の発見を困難とするような事情も認められるが、被告堂前は、本件事故の衝突直前まで原告車両に気付かなった以上、前記の著しい不注意があったと言わざるを得ない。しかし、一方、本件交差点は明るかったが、その外は暗かったので、無灯火で本件交差点に進入する場合、対向右折車両が原告車両に気付くのに遅れ、思わぬ事故となる危険性が十分あるのに、原告は、無灯火のまま漫然と法定速度を約一〇キロメートル超過する速度で進入したから本件事故に遭ったこともあきらかであり、しかも二人乗りが衝突回避措置を適切にする障害ともなったとも推測できるので、これらを考慮すると、右原告の過失割合は三割を下らないというべきである。
二 損害について
1 前記第二の一の事実、証拠(甲三1ないし31、四、五1ないし4、一六、一七、証人日垣洋子の証言、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右証拠中、右事実に反する部分は採用できない。
(一) 原告は、昭和五二年四月二〇日生まれの男性で、本件事故当時は一八歳で独身であった。
(二) 原告は、本件事故により路面に転倒して、頸椎骨折、頸髄損傷、神経因性膀胱の傷害を負い、救急車により大阪市立総合医療センターに搬送され、同病院で治療を受け、平成七年五月二三日から同年一〇月九日まで同病院入院し治療を受け、同日から平成八年九月一一日まで星ヶ丘厚生年金病院に入院し治療を受け、同日から平成八年一一月四日まで福田病院に入院し治療を受け、同年九月一二日から平成九年一月一〇日まで星ヶ丘厚生年金病院に通院(実通院日数八日)した。その結果、原告は、平成九年一月一〇日、症状が固定したが、第五頸髄レベル以下完全麻痺、下肢腱反射亢進・病的反射有り、手関節、手指関節、肘関節(伸展)及び下肢の各筋力、ゼロ、神経因性膀胱にて間歇導尿必要の後遺障害が残り、自算会から等級表一級三号の認定を受けた。原告は、右後遺障害のため、車椅子の生活となり、排尿、排便を含め、身の回りのことが自分ひとりではできなくなり、体温調整もうまくできなく、原告の母日垣洋子や祖母の常時介護によって生活している。
(三) 原告は、本件事故当時、後藤組で型枠大工として勤務し、本件事故前の三か月間の平均賃金が日額六一一九円(円未満切捨て、以下同じ。)であった。
2 右によると、原告は、本件事故により、頸椎骨折、頸髄損傷、神経因性膀胱の傷害を負い、平成九年一月一〇日、症状が固定したが、第五頸髄レベル以下完全麻痺、下肢腱反射亢進・病的反射有り、手関節、手指関節、肘関節(伸展)及び下肢の各筋力ゼロ、神経因性膀胱にて間歇導尿必要の後遺障害が残り、右は、神経系統の機能に著しい障害を残し常に介護を要するものとして、等級表一級三号の後遺障害と認めるのが相当である。
3 原告の損害
右を前提にすると、原告は、本件事故により次のとおりの損害賠償請求権を取得したと認められる。
(一) 治療費 七三万九二九〇円
甲三1ないし31によれば、原告は、本件事故による傷害の治療費等として七三万九二九〇円を負担したことが認められる。
(二) 入院雑費 六九万一六〇〇円
弁論の全趣旨によれば、原告は、前記各病院に入院中の五三二日間に、一日当たり一三〇〇円を下らない雑費を支出したものと認められるところ、右合計は六九万一六〇〇円となる。
(三) 入院付添費 四四〇万二一八〇円
甲一七及び証人日垣洋子の証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告が入院中の二五六日間、通院八日間、原告の近親者が付き添ったことが認められ、原告の症状からすると右付添は相当で、弁論の全趣旨によれば右を金銭に換算すれば一日当たり入院が五〇〇〇円、通院が三〇〇〇円とするのが相当であるから、右合計は一三〇万四〇〇〇円となる。
甲七1ないし76、一七及び証人日垣洋子の証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告は星ヶ丘厚生年金病院入院中、家政婦に付き添ってもらい、三〇九万八一八〇円を支出した事実が認められるが、原告の症状からすると右付添は相当である。
(四) 装具等 五八万二四四三円
甲八1、2、九1、2、一〇1、2、一一1、2、一二、一三、一七及び証人日垣洋子の証言並びに弁論の全趣旨によれば、頸椎装具一万八九三〇円、車椅子四万〇八六八円、車椅子クッションカバー一万二九七八円、電動車椅子四七万八三五五円、無圧敷ふとん三万一三一二円、メガネ四万五〇〇〇円を負担した事実が認められるところ、原告の症状からすると、右メガネ代を除いて本件事故と相当因果関係がある損害と認めるのが相当である。
(五) 休業損害 三六六万五二八一円
前記認定のとおり、原告は、本件事故当時、前記労働により一日当たり六一一九円を下らない収入があったことが認められるところ、前記の原告の受傷の程度及び治療状況に照らせば、原告は、本件事故により本件事故の翌日である平成七年五月二三日から症状の固定した平成九年一月一〇日までの五九九日間休業せざる得なかったから、本件事故による原告の休業損害金は、次のとおり三六六万五二八一円となる。
計算式 6,119×599=3,665,281
(六) 逸失利益 五三八八万四五二二円
原告の前記後遺障害の内容及び程度によれば、原告は、前記後遺障害により症状固定時(一九歳)から六七歳まで四八年間にわたり労働能力の一〇〇パーセントを喪失したものと認められる。そこで、前記収入を基礎とし、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、原告の逸失利益の本件事故時の現価は、次のとおり五三八八万四五二二円となる。
計算式 6,119×365×24.1263=53,884,522
(七) 自宅家屋改造費 九二五万九八〇〇円
甲六、一五1、2、一七及び証人日垣洋子の証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、車椅子生活で、身の回りの世話が自分ではできず、常時家族の介護が必要で、そのため浴室、トイレ、廊下などの改造やエアコンの設置をする必要があり、そのため少なくとも九二五万九八〇〇円の工事費がかかる。
(八) 将来の介護費用 五三九〇万四五八七円
前記のとおり、原告は、現在家族の常時介護を受けて日常生活を営んでいるところ、右介護を金銭に換算すれば、一日当たり五五〇〇円とするのが相当である。そして、原告は、症状固定時一九歳であるところ、厚生省大臣官房統計情報部編・平成八年簡易生命表によれば、一九歳の男性の平均余命は五八・六七年であるから、右介護は少なくとも症状固定時から五八年間は必要であると認められ、右金額を基礎に右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、その本件事故時における現価は、五三九〇万四五八七円となる。
計算式 5,500×365×26.8516=53,904,587
(九) 慰藉料 二九〇五万円
本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには、二九〇五万円(入通院分四〇五万円、後遺障害分二五〇〇万円)をもってするのが相当である。
三 結論
以上によると、原告の損害は一億五六一七万九七〇三円となるところ、過失相殺として三割を控除すると一億〇九三二万五七九二円となり、更に原告が自賠責保険等から支払を受けた三四一〇万円を控除すると、残額は七五二二万五七九二円となる。
本件の性格及び認容額に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は、七五〇万円とするのが相当である。
結局、原告は、被告ら各自に対し、八二七二万五七九二円及びこれに対する本件事故の日である平成七年五月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩崎敏郎)